Your friend
馬鹿だとは前々から知ってはいたが

低血圧というのはどうも困る。
祥子は自らの足よりは幾許かは体温の高い手をあてがって思った。
彼女の体温は高いけれど触れられる距離にいなくてはあまり意味が無い。
そうだ。
今朝も用事があるとか何とか言って髪に見れば見るほど滑稽な寝癖を付けたまま
出て行ってしまったのだ。
そのことを思い出して頭に血が上ったことにより少し体温が上がった事を
祥子は知らないまま、冷えてしまった体を温めるために
グシャグシャになった白いシーツから起き上がった。

「何処行ってたのよ」
由乃の細く、白い手首には誕生日にねだって買って貰ったセピア色の
腕時計が存在を主張していた。
「友達に勉強教えてもらってたんだよ・・・それで」
答える令の息は白い。
「ふうん」
あからさまに『納得していない』という顔をして由乃は令を一瞥した。
「ほんとだって」
言えば言うほど自分で墓穴を掘り進んでいく事に気が付いていないのか、
令はそのまま弁解を続ける。
由乃のこめかみには少しずつ目に見えて毛細血管の数が増えていく。
約束をしたのはそっちのくせに。
おいしいケーキ屋ができたから食べにいこうなんてあからさまに私の
機嫌を取ろうとするのがみえみえの約束をしたくせに。
由乃は必死に弁解を続ける令を置いて目的のケーキ屋へとずんずん進んでいく。
あまりに直進するものだから周りの人にぶつかってしまって
令がすいませんすいませんと小さくどもりながら謝るのも無視して。
昔から嘘をつくときに眉毛が上がってしまう癖をどうにかしたほうがいいと
由乃は思った。
それがなくてもすぐばれるような嘘は付くべきじゃない。
夜に風呂に入っていればそこまですることのない強いシャンプーの香りと
どう頑張っても消すことの出来ない匂いが、
いつもの”由乃の令ちゃん”ではないということを立証していた。
令がずっと喋り続けるのを無視し続け、結局ケーキ屋の前まで来てしまった。
「ショートケーキ二つ」
帰り道もその次の日も二人の会話は成立せずに、学校へ登校しても、
薔薇の館へ居ても、何ら進展する事は無かった。

「ねえ」
聞いているのが気の毒に思えてくる位に情けない声。
これがミスターリリアンの本性だ。
少し口を利かないだけでもすぐにダメージを受けてしまう人間なのだと、
新聞部にでも突き出してやりたかった。
まるで主人に怒られたときの犬のように背筋を丸め、様子を伺うようにして
こっちを見ている。
「ねえ」
由乃が、買ったばかりの新刊の文庫本に視線を落とし続けていたら
少しづつ令の口調が不機嫌なものへと変わっていった。
「ねえ」
まるで馬鹿の一つ覚えのようにねえ、ばかりを繰り返してくる令に
いい加減うんざりしてきた由乃は、怒鳴りつけてやろうと口を開きかけた。
しかし口は開きかけのところで停止し、それ以上開く事は無かった。
乾燥し始めた空気に対応し切れていない少しかさついた感触と
湿っていて熱い、柔らかな感触が、あっという間に由乃の脳内を支配する。
何回も何回も何回も味わった事のある感覚に
由乃はとろりとまどろみ掛けたが、自らの理性でそれを押しとどめ
目の前に覆いかぶさる人間を押し飛ばした。
口角から垂れたどちらのともとれない唾液が床に落ちたがこの際それは気にしない。
「馬鹿みたい」
自分の口から吐き出される言葉一言一言が自らの姉の心を汚して
グチャグチャにすることに罪悪感はあったが、
今この場でそれを支配しているのは自分なんだという奇妙な高揚感が
由乃の胸の小さな傷から吹き出した。
「ばればれ」
唾液をたらしたまま拭き取りもせずにずっと突っ立って顔を白黒させている
姉のそれなりに整ったタイに手を伸ばすと、
由乃はそれを引っ張って令の顔と自らの顔の距離を縮めた。
「嘘付くならもっとうまくやってよ」
もう一度、由乃は馬鹿と言おうとしたが、喉からは掠れた空気音が漏れるだけで
それは嗚咽に代わっていった。
由乃は令のタイから手を離すと、座り込み、
笑い始めた。

「殴って」
久しく由乃の口から罵倒では無い言葉が発せられたが、それは令をさらに苦しめる
ものでしかなかった。
「殴って」
本当に好きなら殴れるでしょ
本当に好きなら殴れるでしょ
本当に好きなら殴れるでしょ・・・?
壊れたカセットテープのように由乃は同じ言葉を呟き続ける。
令の手が一瞬、宙に舞ったかと思うと
耳を塞ぎたくなるような、それでも塞ぐ事は出来ないほどの骨と骨のぶつかる音が
部屋中に鳴り響いた。
由乃の目は大きく見開かれ、令は足が震えて立っている事が出来ずに
由乃と同じように床に座り込んでしまった。
動かない役に立たない体を引きずって、令は由乃の近くまで寄った。
今度は、拒絶されなかった。
令は何度もごめんね、と顔面中から体液を吹き出しながら
由乃の赤くなった頬にたどたどしく触れ、キスと頬擦りを繰り返した。
由乃の顔からも同じような液体がこぼれて混ざり合って、
お互いの顔がべとべとになってもずっとそれをし続けた。


「殴って」
冷えた部屋で令が眠気にうとうとしていると
その言葉を祥子に言われ、眠気が吹っ飛んだ。
もう笑うしかなくて流れる涙お構い無しに、自分を、
笑った。




「馬鹿だなぁ」
あとがき
よっす!オラ恥ずい。
何か訳分からん話になってしまいしたあがー。
令ちゃんに由乃を殴らせたかっただけなのか、ううむ。
れいよしとみせかけてさちれい、みたいな(何)
でも久しぶりに長めのSSを書いたらちょっと書き方が変わりました。
根本的なスタンスは変わらないんですが、どこかが。
でもまだなにも表現しきれてませんね。精進します。
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