Your friend
或る夏の一日

てゐの配下の兎が死んだ。
兎が一匹死ぬことなんて、それこそ茶柱が立つよりも日常的なことよ、
と人間を幸運にする程度の能力を持つてゐは言っていた。
幻想郷で兎肉は人気があり、人間の食卓に上ることも珍しくない。
師匠たちを匿うのと交換条件に、てゐ以外の兎も智慧を与えられたらしいが、
兎鍋になったりしている所を見ると、よく分からなくなる。
でも、まだそれはいいのだ。
幻想郷なんて弱肉強食してあるべき、みたいな所があるのだから、
人間が兎を食べたところで誰も文句を言うことはできない。
同盟だって私が便宜上一番上の役職をやっているだけであって、
てゐは大して乗り気じゃない。
それが生きてるってことでしょ、と、言いながら笑うだけ。
こういうときに、おそらく私の十倍以上生きてきたのだろう
ということを実感するのだけれど、今はその話は置いておく。
初めに言ったうさぎが死んだのは
食べられるためでもなく
寿命を迎えたわけでもなく
実験の道具にされたからだった。
誰がそれをしたか、とは言う必要も無いから割愛するけれど、
特に謝罪もせず肩をすくめただけの様子を見て、
てゐはスペルカードルールに乗っ取らない攻撃をしようとした。
さっきから私の頭は頭痛がやまないのだけれど、
それはその攻撃を止めたときのものだ。
久し振りの大怪我、今も包帯で片目が見えない。
てゐは私が怪我をしていたときこそ動揺していたものの、
師匠が治療を始めてからは何処かに行ってしまった。
師匠も師匠で、私の治療を終えてからは姫様に呼ばれたから、
と言って同じように何処かへ行ってしまった。
大怪我をしたのに部屋に一人取り残される私。
可哀想ね、なんて言葉は要らない。
むしろ以前に比べればずっと恵まれた環境に居るのは間違いないのだから。
血が乾燥してばりばりになって目が開けにくいこともないし
体中穴だらけでも戦い続けなければいけないということもないし。
ただひとつ不満なのは、包帯が蒸れて痒いということだけ。
こんなに暑いのに怪我するんじゃなかった、と思ったが、
思ってもどうしようもないことなので諦める。
諦めの先にあるのは現実からの逃避だ。
私は気分転換に外の景色でも見ようと窓に目を向け、
そこにてゐを見つけた。
「・・・・・・何してるの、そんな所で」
「・・・・・・調子はどうかなって。その様子じゃ、大事なさそうだね」
「何言ってるの!大事も大事よ。ひとをなんだと思ってるんだか」
「ひとじゃなくて兎でしょ?」
「はあ・・・・・・細かいところはどうでもいいのよ」
特にいつもと変わらない会話だけれど、いつものいじわるそうな笑みが、
てゐの顔には、ない。
そんな微苦笑は似合わないと言おうとして、私は口をつぐんだ。
言って何になるのだろうか。
いつも通りにしようとしている彼女の顔を硬直させようとでも?
二重の痛みと痒みとで頭がぐるぐるしているところに、
てゐが大粒の水滴をこぼしているのを目にしてしまったものだから、
私の頭は瓦解寸前だった。
「ちょっとてゐ・・・・・・!」
「ごめん、ごめんねえ」
てゐは言いながら顔をくしゃくしゃに歪め、窓の枠を飛び越えて部屋に入ってきた。
そして私の傷に触れないように抱きついてくる。
おろおろとしながらその頭を撫でることしか出来ない私。情けない。
「どうしたのいきなり」
「っ・・・こんなに大怪我させてごめんね」
傷に触れようとしてひっこめたてゐの手を掴んで引き寄せる。
「いいわよこれぐらい・・・・・・それよりてゐは大丈夫なの?」
聞いてからしまった、と思ったがいまさら遅い。
わざわざ気まずくなるようなことを聞く自分の馬鹿さ加減に泣けてくる。
案の定てゐはびくりと身体を震わせると、その揺れる瞳に
私を映した。
「・・・大丈夫なように・・・みえる?」
「見えない・・・ごめん、馬鹿なこと聞いたわ」
「いいよ、謝ってもらうために聞き返したんじゃないから」
てゐの言葉に違和感を覚える前に、私は布団に押し倒されていた。
さっきよりも近いてゐの顔。
ぱたぱたと、涙が私の顔に降り注ぐ。
「て・・・」
「鈴仙はさ」
私が名前を呼ぼうとしたらてゐが口を開いたので、私は逆に口をつぐんだ。
てゐのやわらかそうなほっぺたが、まるでりんごのようだと
どうでもいいことを思いつつ、次の言葉を待つ。
「どっちが正しいと思ってる?」
文脈上では待つと言っても、精神的に言葉を待っているわけではなかった。
むしろ、私が答えにくい事柄ならば尚のこと。
私の動揺を感じ取ったのだろう。
ああ、5cmも離れていなければ気付かれるのは当たり前なのに。
てゐは小さく笑って、ごめんね、と再び呟いた。
笑うときに目を閉じたので、また私の顔に涙が落ちる。
ごめんねとは呟いたが、きっと私が何か言わない限り、この時間は
永遠に続いてしまうのだろう。
てゐの、涙が気化して少し冷たくなった頬を撫でながら、呟く。
「私は・・・ごめん、分からない」
てゐは微かに睫毛を震わせたが、何も言わない。私は続ける。

てゐの気持ちも分かるわ。
ー・・・全部捨てた私が言えた事じゃないけど、
私も仲間を殺されたら殺し返すほど憎く思えたから。
でも師匠が一匹の兎を実験に使うことで、
何千もの命が救われるかもしれない。
もちろん、かもしれないだけであって
本当に救われるかは分からないけどね。

「・・・・・・だから私は、どっちが正しいかなんて、言えない」
言ってから、強く言い過ぎたと自己嫌悪し、自己嫌悪するところに、
また自己嫌悪した。
「・・・うん、鈴仙なら、そういうと思った」
私は目を丸くした。てっきり私はてゐが自身の擁護をして欲しいのだと
思い込んでいたからだ。
私の見当違いの思い込みは、さらに気分を重くして行く。
「さっきの子の話ね・・・可哀想だけど本当のところはどうでもよかったの」
「え?」
「ひどい話だよね・・・うん、私はあの子に私を重ねてたの」
言いながらてゐの顔が近づく。
微かな塩味に、キスされたと気付くまでに3秒かかった。
唇だけでなく、ちいさい舌が隙間をぬって潜り込んでくる。
私はされるがままに舌を合わせた。
熱い。
しばらくそうしていて、てゐが唇を離すと、唾液が下にぽたぽたと垂れた。
それを指でぬぐって舐めながら、てゐは笑う。
「ごめんね、こんなことして。鈴仙、お師匠様のこと好きなのにね」
てゐの言葉に全身が握りつぶされるような圧迫感を覚えた。
「そ・・・んなことは」
「あるよ。いつも鈴仙のこと見てるから、分かるよ」
あれ、おかしい。急に視界がぼやけて、てゐが見えない。
「さっきあんなに怒ったのは・・・・・・
私があんな風に意味のない死に方をしても
鈴仙はお師匠様の味方をするんじゃないか、って不安になって」
それでこんな傷負わせてちゃ世話無いのに。
言いながらてゐはゆっくりと、包帯の上から傷口を撫でる。
触り方は弱くてむずむずするはずなのに、なぜか心地が良かった。
「ううん、あの子の方がきっと意味があると思う。
お師匠様が悪くないってことは分かってたのにカッとなって・・・
間違っていないかは分からないけど」
そんなことないと言おうとしたけれど、
のどが詰まって変な音が出ただけだった。
ああみっともないみっともない。
「なんで鈴仙が泣くの」
心底不思議そうな顔で言う。
かくいう私も言われて気付いた。
自分が泣いているということに。
何か言い返そうとしたけど、
また声が出なかったら嫌だから黙っているしかない。
「・・・鈴仙、私のことなんて、すぐに忘れちゃうんだろうなあ」
黙っているしか、なかったけれど。
これはいい加減に頭にくる。
私はてゐの身体を持ち上げながら、位置を逆転させた。
見開かれたてゐの目に、わけの分からない優越感を感じながら。
「いいかげんにしなさいよ!ちょっとカッとなって
何処かの馬鹿兎に怪我させたからっていつまでもうじうじうじうじ・・・!!!」
ああもう自分でもわけが分からない。
顔だってめちゃくちゃだ。
「人の顔に勝手に傷を付けておいていなくなる!?甘ったれるんじゃないわよ
あんたがあんたを忘れたって私があんたを覚えてるんだから・・・!」
ほら、てゐだって変な顔してる。
「それにね、私が師匠のこと好きなんて師匠はとっくの昔に知ってるわよ。
それでもいつもまったく変わらないんだから元々望みなんてゼロなの。
そんなに私が欲しいなら奪いでもすればいいじゃない!!!」
息が詰まる。もう喋れない。私は何をしているのだろう。
そんな自問自答を繰り返していると、てゐが、へっ、と場違いな笑みを浮かべた。
「馬鹿だなあ・・・」
あんまりに笑顔が可愛いから頭にきて
即座に言い返してしまう。
「とてつもない馬鹿よ?悪い?」
言うとてゐは笑顔をいっそう深めた。
「ううん、好き、好きだよ」
てゐが笑っているのをみていたらまた号泣してしまいそうだったから。
ごまかすために私は顔を近づけててゐの唇を塞いだ。
どっちともべたべただったけど。
不思議と不快じゃ無かった。

夕食を食べ終わった後、私が庭に出てみたら
師匠が土を積んだだけの墓の前にしゃがんで手を合わせていた。
後ろからてゐもやって来て、最初はもじもじしていたけれど
いっしょになって手を合わせていた。
私はそんな二人の姿を見ながら、後ろからそっと
手を合わせた。
あとがき
わけわかめ
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